Jun 13, 2009
自動車免許教習所選びの無料体験レッスンがおすすめ
自動車免許教習所はたくさんあります、また免許証を持っているという目的は同じですが、教習所での指導内容も異なります。このため、教習所選びは重要だといえます。そして、教習所選びにお悩みの場合、無料体験レッスンに参加してみることをお勧めします。最近では、多くの自動車教習所では、無料体験レッスンを行っています。乗馬のレッスンも体験できることが多いので必ず参加するのが良いと言うことができます。合宿免許を行って免許を取ることができる施設は、全国各地にたくさんあります。合宿免許は、普通の教習所に通うよりも短い期間で免許を取得できるので、免許を取ることを急いで求める人にはオススメです。合宿免許に通うといって、免許証が必ずもらえるわけではない免許証をとるためには試験に合格する必要があります。
16日に開幕する「11年度春季県高校野球大会」(県高野連主催)の組み合わせ抽選会が12日、神戸市内であった。各地区大会の優勝校17校に、第83回選抜高校野球大会に出場した報徳学園と加古川北を加えた19校が明石・姫路両球場で対戦する。決勝は、5月3日午後0時半から明石球場である。また、東日本大震災の被災地に配慮して、ブラスバンドや太鼓など「鳴り物」を使っての応援は禁止する。
優勝校は、大阪市で5月28日から開催される「春季近畿地区高校野球大会」に県代表として出場する。【大金紗知子】
〔神戸版〕
4月13日朝刊
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10年に及ぶ不妊治療を経験した女性が今春、カウンセラーとして一歩を踏み出す。大阪府豊中市の堀田敬子さん(46)。治療中の思いは心に閉じこめてきた。出産をあきらめたときは「生きてていいのかな」とさえ思った。だが今、あの体験をした自分だからこそ、同じ治療を受ける人たちに伝えたい。「一人じゃないよ」と。【小坂剛志】
堀田さんは88年に大手書店に就職。27歳で同僚の夫と結婚した。結婚してもしばらくは仕事に専念した。「出産しても、育休をとりながら仕事を続けよう」と思っていた。
だが数年たっても子どもができず、不妊治療を開始した。さらに治療に専念するため、会社も辞めたが、状況は変わらなかった。
早く子どもをつくらなかったから? 仕事を続けていたから? 自分を責め続けた。病院で子連れの母親を見るのがいやだった。「夫だけ仕事を続け、私はつらい治療をしている」という不満も心にたまっていった。
40歳で治療をあきらめた。「子どもができない私。生きてていいのかな」。すべてを失った気持ちになった。
◆
「子どもができなかった分、きちんと仕事をしたい」。専門学校に通い始め、カウンセラーを目指した。心理学に興味があり、あこがれもあった。だが、「本当に自分にできるのか」という迷いも捨てきれなかった。
進路に悩んでいたころ、カウンセラーになった自分をイメージして話し合う講座に参加した。「私がカウンセラーになったら……」。話し出そうとして涙が出た。続けようとしても言葉が出なかった。これまで、たくさんのことをあきらめてきた。会社やキャリア、出産。「私はカウンセラーになりたい。不妊治療を経験した私にしかできない仕事があるはず」。気持ちは固まっていった。
◆
不妊体験者をケアをするため、初めてカウンセリングを受けた。泣きながら言葉にすることで、当時を冷静に振り返ることもできたと言う。「当時の夫は苦しんでいる自分を見ているだけでも、しんどかったはず。私一人じゃなくて、ずっと一緒に闘ってくれていたんです」と話す。
今月、カウンセラーとしての活動を本格化させた堀田さん。不妊体験者を支援するNPO法人「Fine」のピアカウンセラーとしても関西で相談に応じる。将来は、不妊体験者のグループカウンセリングを開くのが目標だ。苦しんでいるのは自分だけじゃないと知ってほしい。「そう思うだけで、ずいぶん心は救われるはずだから」。その表情に、もう迷いはなかった。
〔阪神版〕
4月13日朝刊
◇本紙記事きっかけ−家具提供−搬送−被災者
◇神戸の女性「役に立ちたいが、どこへ」−電気工事会社「何かせんと。喜んで協力」−福島から避難「支えられ、ぬくもり実感」
不用となった家具を東日本大震災の被災者が必要としているのなら提供したい−−。神戸に避難してきた震災被災者の新生活の様子を伝えた毎日新聞地域面の記事を読んだ人から、こんな相談が記者に寄せられた。提供先探しは、人から人へと伝わって大きな輪となり、記者が紹介した福島県から避難してきた家族に家具を届けることができた。被災家族は「人のぬくもりを実感した」と、喜びをかみしめている。【井上梢】
相談してきたのは社会福祉士の有福三津子さん(53)=神戸市須磨区。同市垂水区に住む高齢女性の成年後見人を務めていたが、4月から女性は施設に入居することが決まり、家具や家電、生活必需品のほとんどの処分を担うことになった。
思案に暮れていたころ、有福さんは、3月27日付毎日新聞神戸面の記事を読んだ。記事は「慣れない土地、心遣いに感謝」の見出しで、福島県浪江町から神戸市垂水区の市営住宅に避難してきた5人家族に、近所の人たちが毛布などの日用品を提供、支え合う姿を伝えた。
「私も家具を提供したい」。有福さんは、毎日新聞に家具などがなくて困っている被災者がいないか電話で相談した。市などに家具の必要な人に取り次いでくれるよう問い合わせたが、仲介をしてくれるところはなかったという。記者は有福さんの「被災者の役に立ちたい」という思いに打たれ、家具を求める被災者がいれば伝えることを約束した。
一方で、有福さんは親しい友人で須磨区の「まるさ食堂」店主の山縣淑美さん(61)にも相談。今度は山縣さんから、知人で近くの矢野電気工事の吉野光治社長(62)に有福さんの話を持ちかけた。
吉野社長は阪神大震災(95年)の時、近くで崩れたアパートの屋根をクレーンで持ち上げ、住民を救出したこともあった。「今も何かをせんといかんと思っていたが、どういうことをしていいか分からなかった。喜んで協力したい」と、家具を運ぶ大型車の提供や従業員が手伝うことを申し出てくれた。
一方、記者は、取材で妹家族が被災地から神戸に避難して来るという男性に出会った。男性から紹介してもらい、神戸にやって来た家族を取材した。池添洋子さん(61)家族。夫祥行さん(64)と娘の一家3人で福島県南相馬市から避難した。自宅は福島第1原発からは直線20・1キロ。震災の時、家の屋根瓦が落ちた。祥行さんは11年前にくも膜下出血で倒れたことがあり、体調に不安を抱えていた。洋子さんは「雨が降ったら放射性物質で家の中も汚染されるかもしれないと思うと怖かった。戻りたいが、長い時間がかかるかも」と話す。
洋子さんたちは兄の助けで中央区の県営住宅に入居した。しかし、神戸に着くまでにガソリン代やホテル代など多額の出費をしており、家具をそろえる余裕がない。記者が有福さんの申し出を伝えると、洋子さんは「お金は飛ぶように出ていって、40万円ほど使った。みんなに支えられて本当に助かる」と喜んだ。池添さんの妹夫婦や親せきも同原発から7キロの同県大熊町から垂水区の市営住宅に避難。結局、家具は、この3家族で分け合うことになった。
今月4日、3家族の住宅に矢野電気工事の社員4人が4トントラックや2トンダンプで、テーブルや冷蔵庫、洗濯機、タンスなどを運び入れた。食器もそろっており、3家族は何とか新生活をスタートできた。搬送を手伝った同社の玉川政和さん(38)は「何事も助け合いです。これからも困っている被災者の役に立ちたい」と語った。
〔神戸版〕
4月13日朝刊
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